プロフィール
- <岡本 愛 大学院生
- 入局年度:2015年(平成27年)
- 母、妹・猫二匹の家族
小児科医の担当へのあこがれ
私は物心ついた頃、小学校に上がる前から小児ぜんそくで、「息が出来ない、もう死ぬ~」と思っているときに、いつもその先生が来ると治るので、「この人、すごいな~」私もお医者さんになりたい!と漠然と思っていました。
小中は地元の公立で、特に教育熱心な環境ではなかったです。習い事は少しピアノくらいでしたし、身内に医療関係者も全くいなかったです。
親に医者になりたいと言うと、勉強しなきゃダメ!と言われ、小学5年から学習塾に通いました。たまたま仲の良い友達も学習塾にいったのもあって。
それまでは宿題すらしない、残念な子供でしたが(笑)、そこから勉強しました。
小児ぜんそくですが、小学校2年から5年までスイミングスクールに通って、気づいたら治っていました。体力がアップしたからですかね。
脳神経外科医を選んだのは〜「その人らしさ」を司る領域を大切に
家族の強烈な反対でも・・・
どうして脳神経外科医になったのかといいますと、5年生の時のポリクリ実習のお陰です。
もともと内科医か小児科医と思っていました。
外科なんて全く興味もなく、私なんて無理と思っていました。
ところが、ポリクリで私はまた「この人すごい~!」と思ったんです。
肉眼で見えない場所を切ったり縫ったり。
「自分もなりたい!」「面白い」「楽しい」、すごいな!と興奮しました。
また、脳外科は「その人らしさを司
でもすごく不安でもありました。
自分がやっていけるのか、体力も自信がない、手先も器用ではないし、男社会で女が通用するのか……。
家族に言うと、「絶対、反対!」「あなたに勤まる仕事じゃない、とにかく無理!」
何日も説得して、やっと、そこまで言うならと折れてくれました。
今でこそ家族は応援団ですけど、普通のお医者さんになって欲しかった〜聴診器持って、おじいちゃんおばあちゃんの診察をしていて欲しかった、などと言われています(笑)
連携病院多数で経験が積みやすく、女性医師も活躍
奈良医大脳神経外科のおススメなところですが、
私は1年半ごとに病院を移動して、今回6年ぶりに戻ってきました。
奈良医大の関連病院は、どれも近畿圏内(奈良、大阪、兵庫、三重)にあり、その中には阪大系病院も含まれます。それぞれの施設で他大学の先生からも刺激を受けながら症例を経験できます。
大学病院は重篤度が違いますね。市中病院は脳卒中が多いですが。
さらに今深く勉強しようとしていることは、血管内治療、血管病変、脊髄脊椎外科の3つです。
血管内治療は、以前は動脈瘤などが開頭手術だったものが、カテーテル治療になっています。その専門医試験がもうじきあるので、今追い込んで勉強しています。
脊髄脊椎に関しては、患者さんの症状がADLがあがって、喜ばれる姿を見ることが出来るので勉強したいです。
女性医師の先輩も多数〜
そしておススメめな点は、もうひとつ。
女性医師が活躍されています。関連病院で数えてみたら13人いて、結婚して子育て中の先生もいます。
こちらは、ライフスタイルに合わせて時短勤務出来る医局だと思います。
メッセージ
家族との時間
私の場合は、何しろ家族の理解があって出来ている仕事なので、家族との時間を取るようにしています。趣味は、年のはなれた妹がいるんですけど、二人でカフェ巡りしています〜。
丸々一日病院に来ないことは余りないですが、たとえば、朝だけ患者さんを診に来て、あとは自由時間にするとか、工夫しています。
それとこの医局は、お子さんがいらっしゃる先生がとても多くて。
お子さんのお話多いんです、仕事しながらもいいお父さん、いいパパなんだなぁって、ほんとにたくさんいますよ。
脳神経外科医は、手先が器用?体力必須?男性じゃないと無理?
当初、私自身とても大きな誤解をしていました。体力がいるんじゃないか?いえ、普通でいいんです。
手先が器用じゃないといけないか?
これは、もうしっかり練習、努力で何とでもなります。
そして女性が無理!なんていうことはありません。
先輩女性医師もたくさんいますので、安心して
「奈良医大脳神経外科」へ入局の検討をしてみてください。
まずは、ローテーションでお会いしましょう!