モンペリエ留学体験記

松 田 良 介


はじめに

 現在私は,南仏に位置するモンペリエ大学医学部附属Gui de Chauliac病院で研修させていただいております。1年という長期にわたる留学をお許し下さいました中瀬教授,ならびに快く送り出して下さいました諸先生方にこの場を借りて厚く御礼を申し上げます。

 モンペリエという街をはじめて聞かれる先生が多いかと思いますので,ご紹介したいと思います。ラングドック・ルーション地方の首府,エロー県の県庁所在地であるモンペリエは,マルセイユから西に約170㎞離れたフランス第8番目の人口を有する都市です。ヨーロッパ最古の医学部といわれるモンペリエ大学医学部は1220年に創設され,またノストラダムスの大予言で有名なノストラダムスも学んだと言われています。フランスでは5大医学部のひとつに数えられ,フランスの優秀な人材が集う大学でもあります。総合大学であるモンペリエ大学は第1,2,3大学に分かれており,近隣の大学も含めると総学生数は約5万人であり,巨大な学生都市でいつも街中は若者の活気であふれています。最近では,女子サッカーのワールドカップで優勝したなでしこJAPANの代表選手が,モンペリエFCで活躍しているため,すでにモンペリエをご存じの先生もいらっしゃるかもしれません。

研修のきっかけ

 私がモンペリエで研修を行うこととなったきっかけは,Hugues Duffauというフランスの脳神経外科医から報告された一つの論文でした。2009年にJournal of Neurosurgeryに掲載された“A personal consecutive series of surgically treated 51 cases of insular WHO Grade II glioma: advances and limitations”です。覚醒下手術を施行してinsula gliomaを切除する論文を見たときに,どうしたらこのような手術が可能なのかと疑問に思いました。ちょうど2010年6月にドイツのミュンヘンで開催された国際学会で発表する機会をいただいたため,学会後モンペリエに手術見学に訪れました。3日間の滞在で2つのlow grade gliomaに対する覚醒下手術を見学することができました。2例とも優位半球の言語野に局在する腫瘍を,覚醒下手術での言語マッピングを行って摘出していました。術中は英語で適宜解説していただき,実際に合併症なしに腫瘍を摘出していることを確認できました。Duffau教授は,皮質下マッピングと,深部白質線維の機能解明について膨大な数の論文を発表しており,モンペリエでは覚醒下手術の手技だけでなく,解剖学的にも多くのことを学ぶことができると考え研修先に選びました。

モンペリエ大学附属Gui de Chauliac病院脳神経外科と覚醒下手術

 モンペリエ大学医学部附属病院は7つの病院から構成されています。そのうち,私の研修先は頭頸部専門病院であるGui de Chauliac病院です。この病院には,脳神経外科だけでなく,神経内科,神経小児科,神経放射線科,耳鼻咽喉科,眼科が入っています。脳神経外科は私を指導して下さっている主任教授のDuffau教授以外に2人の教授と,7人のスタッフ,そしてレジデントから構成され,主に脳腫瘍,脊椎疾患,機能脳神経外科の手術を行っています。手術室には,脳神経外科専用の手術室が4室,緊急用に1室が備わっており,1日7-8例の予定手術が組まれています。

 こちらでの研修ですが,Duffau教授の週2回のlow grade gliomaに対する覚醒下手術,週2回の外来および週1回の脳腫瘍カンファレンスにも参加しています。脳腫瘍カンファレンスでは脳神経外科医,神経放射線科医,神経病理医,化学療法医,腫瘍放射線科医が集まり,毎週20例程度の治療方針を決定します。

 毎週2例のlow garde gliomaに対する覚醒下手術が行われるわけですが,症例はフランス国内のみならず,ヨーロッパ各国,北アフリカのモロッコやアルジェリアから,さらに一番遠いところではブラジルのサンパウロからも患者さんがやってきます。平均在院日数は4-5日で,退院後は概ね3ヶ月ごとの定期外来が予定されます。世界的に有名な施設であるため,私のように世界各国からの脳神経外科医も短期,長期を問わず見学にやってきます。言語療法士や麻酔科,看護師の見学もあるため,これまで1日に最高24人の見学者が訪れたことがあります。(この時はさすがに麻酔科から入場制限するようにクレームがでました)

 覚醒下手術ですが,その手順を簡単にご説明いたします。麻酔科医がパークベンチポジションで,ラリンジアルマスク挿管後,開頭を行います。硬膜切開前に,患者さんは覚醒下状態となり抜管されます。硬膜切開後,最初にエコーを用いて腫瘍の範囲を同定します。続いて,脳皮質マッピングが言語療法士の協力のもと始まります。Eloquent areaを温存しながら皮質切開を行い,腫瘍の切除をすすめていきます。ある程度スペースができたところで,腫瘍の切除の限界を調べるために,皮質下マッピングを行います。この間,患者さんは様々なタスクを継続することになります。こちらでのタスクは,数唱,物品呼称,運動・感覚機能,空間認識,読字,視野など腫瘍の局在によってそれらを短時間で使い分けて,可能な限りのマッピングを行います。皮質下マッピングの結果から,深部白質線維の走行と腫瘍切除の限界点を確認します。患者さんは再度全身麻酔に移行するためパークベンチポジションのまま,Airway Scopeというビデオモニターに接続された喉頭鏡を用いて再挿管されます。再度全身麻酔下で,腫瘍の追加切除を続けます。Duffau教授は,1時間程度の限られた時間の中で,解剖学的知識と,皮質・皮質下マッピングの結果を瞬時に判断してどこまで切除するかを決定し,合併症を出すことなく最大限の腫瘍摘出を実現しています。手術室では,それぞれのスタッフが手際よくその仕事をこなしていくところをみていると,脳神経外科医だけでなく,麻酔科医,手術場看護師,言語療法士の熟練したチームで覚醒下手術が成り立っていることを実感します。

 こちらでは,日々手術を見学する中で,術中の所見を記録して,術中皮質・皮質下マッピングの所見と術前術後のMRI画像の結果を照らし合わせながら,個々の症例における腫瘍の局在と,深部白質線維と皮質機能の関係を理解するようにしています。また術中・術後にDuffau教授や他のフェローとともに,discussionすることもとても勉強になります。

モンペリエでの生活

 モンペリエへは,まずセットアップのため私一人で渡仏し,アパート探しに始まり,銀行口座の開設,電気・インターネットの開設,家具・電化製品からすべてを一から整える必要がありました。現地の日本人留学生に助けてもらいながら,片言のフランス語でなんとか生活ができるようにしてから,再び家族を迎え入れるべく9月末に家族で渡仏しました。郷に入れば郷に従えといいますが,モンペリエでは私も妻もフランス語を勉強し,子供たちは現地の幼稚園に通っています。幼稚園で日々学んでいる子供のフランス語の上達にはいつも驚かされています。こちらでの生活にも慣れてくると,週末には車で郊外に出かけることもできるようになりました。モンペリエのあるランドックルーション地方は,ワインの一大生産地でもあり,車を少し走らせるといたるところに広大なブドウ畑がみられます。日本ではほとんど飲まなかったワインも,知人宅や自宅に集まると,みんなでワインを飲むことがこちらの日常の風景です。ビール派の私も少しではありますが,そのおいしさもわかるようになってきました。また,車で15分ほど行くと,地中海の美しい海岸が広がっています。地中海温暖気候のおかげで,年間を通して温かく,湿度も低く,年間300日以上が晴天に恵まれます。そのため,モンペリエはフランス北部からの移住が多いことでも有名なほどです。渡仏前は地名すら全く知らなかったモンペリエですが,住めば都とはまさにこのことかと実感しながら,家族ともどもモンペリエでの生活を楽しんでいます。

最後に

 この留学では,覚醒下手術を研修するだけでなく,Gui de Chauliac病院の先生方や海外からの先生方とも知り合いになり,日々一緒に研修し,話し合う中でそれぞれ文化の違い,医療環境の違いなど考えさせられることがたくさんあります。そして,客観的に日本を見つめなおすいい機会ともなりました。この原稿を書いている段階では,まだ数ヶ月研修が残っていますが,帰国後安全に覚醒下手術が施行できるようにさらに研鑽を積んでいきたいと思います。今後ともご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します。

 

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