・天使の詩・・・シャリテ大学病院の女性脳外科医たち

新 靖史
日 時:2015年
場 所:ベルリン


 一人の女性外科医が,手術室で患者に向き合っている姿で映画は始まります。女性外科医を演じているのはメグ・ライアンです。時には孤独を感じ,時には傷つき,毎日いろんな思いをひとりで胸の中に持って暮らしています。そんな誰にも言えない深い思いを,天使はじっとそばで聞いています。天使は目には見えませんが,ひとの心の痛みを感じています。人の痛みを感じることはつらいことですが,そのかわり天使は永遠の命を持っているのです。この天使がニコラス・ケイジで ”City of Angels” というタイトルの映画です。そして,この映画の原作が,ドイツのヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」という映画だったのです。ベルリンが舞台で東西統一前の人々のつらい生活が描かれていています。ひたむきに生きるサーカス団の女性がヒロインです。天使はこの女性をとても大切に思い,天使をやめて永遠の命を捨てて人間になるのです。その瞬間から映画はカラーになります。天使が空から落ちるのがこのベルリンの街です。この映画の発想,人に対する眼差し,映像と登場人物の魅力。このような映画をつくったドイツはどんな文化をもっているのだろうか?

 シャリテ大学病院で何人かの女性脳外科医と出会いました。シャリテ大学病院は,東西ドイツ統合でフンボルト大学とベルリン自由大学が統合され,ドイツでも最大の病院となり,年間4000以上の脳外科手術が行われています。手術だけでなく基礎研究,臨床研究でもとても活発な施設です。毎日いろんな種類の手術が行われており,ピーター・ヴァイコッチ教授を中心にたいへん勢いよく毎日がすすんでいます。

 朝のまだ暗いうちからカンフアレンスがはじまります。ドイツ語あるいは英語で行われているのですが,女性の脳外科レジデントがプレゼンテーションをします。ここは特に女性の若手の脳外科医が多く,彼女たちのプレゼンテーションが大変印象的でした。とても堂々としていて,美しく感じました。これは,ある種の文化の違いなのかなとも思いました。Ich glaube…, 私は…こう考えるんです,と。その奥には,自分では論理的にこう考えました。私は自分で調べぬいて,このように思います。みなさんはどう思われますか?と。堂々とした美しさを感じてしまうのです。それが,彼女たちの当直明けの朝のプレゼンテーションでも同様で,まったく疲れを見せずに凛とした姿でやってのけるのでした。その時,僕は心の中で,おー頑張れと叫んでしまうのです。もう一つには,そのプレゼンテーションを聞く先輩の先生やチームのリーダに対する信頼感かな,とも思いました。人の前でプレゼンテーションをするときに,受け手が自分を認めてくれて,信頼できる人ならば,声も大きくなるだろうし,はっきりと話せるのだろうとも思いました。彼女たちの姿から,いろいろ感じ,考えさせてくれました。このような信頼関係はたくさんの手術を見ていても感じることができました。すべてを勢いよく統括する教授,それを静かに支える腕のいい外科医たち,その中で女性脳外科医たちは生き生きとしていたのです。覚醒下手術の時に,開頭を行った後,教授と手術をかわり,皮質刺激の条件をさっと設定したと思ったら,患者さんの手を握りながら安心させ,言語のタスクを進めていく姿に,女性脳外科医のすばらしさを感じました。彼女は将来どんな脳外科医になるのだろうかと思います。女性の指導医の先生もおられ,末梢神経の手術を一つの専門にされており,腕神経叢,尺骨神経の手術も見せていただきました。手術室の外では,ドイツでよくみるお菓子のハリボーをくれるやさしい女性です。

 私の部屋には,3人の若い女性脳外科医がいました。当直,研究と日常の臨床と決して楽とは思えない仕事ぶりです。もやもや病,transcranial magnetic stimulationを用いたfunctional mappingに関する研究をしている先生方といろんな話しをして過ごしました。仕事のトラブルや研究の行き詰まりや苦しい状況もあります。それは,ドイツの脳外科の集約性と手術件数や,研究に求められる高レベルの成果からみても,とても厳しい状況がありうることが十分に理解できました。今の自分たちの困難を乗り越えようと,ドイツ語で話している若い女性脳外科医の姿を見ていて,ふと映画のベルリン天使の詩を思い出してしまうのでした。

 b2015

 

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